「なぜスタジオで録音しないのですか」と聞かれることがある。答えは、スタジオ録音が嫌いなわけではなく、私が残したいものがスタジオでは残せないからだ。

スタジオ録音で失われるもの

スタジオ録音は、音を最適化するための場所だ。残響を計算し、マイクの位置を調整し、編集でミスを修正する。それは一つの正しい方法だが、その過程で「その日の演奏」は「理想の演奏」に近づいていく。私が残したいのは、理想ではなく、その日のことだ。

空間の音響が演奏に影響する

2022年の『静かな部屋』を録音したとき、世田谷の自宅の天井の低さが、ピアノの音の広がり方を変えた。その狭さが、バッハのフランス組曲に合っていた。2024年の『夏の終わりに』では、軽井沢のテラスの開放感が、ドビュッシーの「映像」に別の意味を与えた。空間は演奏の一部だ。

ミスについて

一発録りなので、ミスが入ることがある。小さな音の乱れ、テンポのわずかなゆれ。それを編集で修正することはしない。ミスも含めて、その演奏だからだ。聴いていて気になるほどのミスがあれば、もう一度録る。でも、それは「完璧な演奏」を目指しているのではなく、「その場で起きたこと」を正直に残したいからだ。

録音の場所を選ぶ基準

毎年、録音の場所を変えている。その年に演奏した場所の中で、最も印象に残った空間を選ぶことが多い。場所が決まると、曲目が決まる。曲目が先に決まることもあるが、その場合は曲に合う場所を探す。今年は海の近くで録りたいと思っている。

録音は演奏の記録ではなく、その場所と時間の記録だと思っている。聴いてくれる人が、その空気を少し感じてくれれば、それで十分だ。