「なぜ新しいピアノを買わないのですか」と聞かれることがある。答えは単純で、このピアノの音が好きだからだ。でも、もう少し長く答えるなら、こういうことになる。

ベヒシュタインという楽器について

ベヒシュタインはベルリンで1853年に創業したピアノメーカーで、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパで最も評価の高いピアノの一つだった。ドビュッシーもラヴェルもベヒシュタインで演奏した記録がある。現在も製造されているが、1920年代以前の楽器は音の密度が違う。

このピアノとの出会い

2016年、長野の古道具屋で見つけた。蓋が割れていて、鍵盤の一部が動かなかった。それでも弾いてみると、中音域の音に独特の深みがあった。田中ピアノ工房の田中さんに見てもらったところ、「修復できます」と言われた。修復費用は購入価格の3倍かかったが、後悔していない。

修復の内容と頻度

最初の修復(2016〜2017年)では、弦の張り替え、ハンマーフェルトの交換、鍵盤の整調を行った。その後、2〜3年に一度、田中ピアノ工房でメンテナンスを行っている。2025年末から2026年初頭の修復では、ハンマーフェルトを再度交換した。古い楽器は、弾き込むほど音が変わる。

古い楽器を使うことの意味

新しいピアノは均質で、どの音域も安定している。それは美点だが、私が求めているものとは少し違う。1922年製のベヒシュタインは、音域によって音の性格が違う。低音は重く、中音は柔らかく、高音は少し乾いている。その不均質さが、演奏に奥行きを与えると思っている。

このピアノがいつまで使えるかはわからない。でも、使える限り使い続けるつもりだ。楽器は弾かれることで生きている。